ソリが空を走るときにしゃんしゃんという鈴の音がするのは一体何故なのか。
小さいころ大人に尋ねたはずなのだがその答えをツララは覚えていなかった。
ちゃんと答えてもらったということは覚えているのだが、肝心のその内容がまったく記憶にない。
そして今再びそれを尋ねる気にはなれなかった。
冬の夜の空気は冷たく、風を切り走るソリに乗ったツララとデイヴの頬を刺す。
冷えた空気により輝く星と月明かりと、ソリに付けられた灯りだけが闇夜を照らしていた。
小さく響くソリの滑る鈴の音はツララの言葉によってかき消された。
「寒いわねー」
「だからもっと厚着しろっつったんだよ」
「してるわよ。携帯カイロだって持ってるんだから」
「それでも寒ぃのかよ」
「顔が寒いわ。あーあ、私も帽子被ってくれば良かったかしら。デイヴちょっと帽子貸してくれない?」
「お前はストッキングでも被ってろ」
「女の子になんてコト言うのよ!忘年会の一発芸じゃないんだから!可愛くないの!」
「お前に可愛いなんて思われたくねえよ!つーか可愛とか言うなって言ってるだろ!」
赤と白の、一目でサンタとわかる衣装を纏ったツララとデイヴの二人は言い合う。
「つうか腹減らねぇ?」
「ああ、それなら大丈夫よ」
そうツララが得意げに言うのとデイヴの耳にどこかで聞いた騒がしい音楽が聞こえて来るのは
ほぼ同時だった。
「あら、ウワサをすればね」
だんだんと近づいてくる音楽。それはデイヴが思っていた以上に大きな音量で流されているようで
その正体がわかるころには耳が少し痛いくらいだった。それは今までの静寂のせいもあるのかもしれないが。
「いつもご利用ありがとうございまぁす!
 お客様がご注文の当店クリスマススペシャルメニュー・コズミックパフェVer.ツリーでございます!」
腰に付けられた小型スピーカーによる大きさからは想像できない大音量に負けないくらいの声で
注文を確認するツララ行きつけのカフェの店員・流星ハニーの姿にデイヴは眩暈を覚えた。
「お前、今仕事中…」
いくら見習い中のサンタとはいえ、仕事の最中に出前を取るサンタがいるだろうか。いや、いまい。
「いいじゃない。普段は不真面目なくせにこーゆーとこは真面目なんだから」
先刻の言い争いを根に持っているのか、拗ねたようにそっぽをむいてツララは言う。
そんな二人の様子を面白そうにコズミックローラーを履いた店員が見ている。
「流星ハニーちゃん今日も仕事?」
「そうよー。この時期は稼ぎ時だからね。忙しいわよ」
「たいへんねえ」
「そんなこと無いわよ。実はね、いつも来てる素敵なお客さんが今日も来てるの!
 あーん、あの人とクリスマスを過ごせるなんて!」
頬を染めながら両手を胸の前で交差させぴょんぴょんと跳ねる流星ハニーから目を逸らし
デイヴは溜め息を吐く。
女同士の話は苦手だ。
「じゃ、私はこれで失礼するわね。お仕事がんばってね、サンタさん」
「うん、ありがと。流星ハニーちゃんもがんばってねー」
颯爽とローラーで空を蹴りながら去っていく流星ハニーの背中にツララは手を振る。
「お前なぁ…」
うんざりしながらも声をかけるデイヴの言葉はツララによって遮られた。
「はい、これデイヴの分ね」
差し出されたのはツリーを模られたサンドイッチだった。
冷たい夜の中を風を切って届けられたはずだというのにそれはほんのりと温かかった。
柔らかそうなパンに挟まれた鶏肉とソースの臭いが空きっ腹を刺激する。
「…まあ、腹が減っては戦はできないって言うしな」
「別に戦に行く訳じゃないけどね」
もそもそとデイヴが口に入れたサンドイッチは柔らかいパンと特性ソースを染み込ませた肉に
しゃきしゃきとしたレタスがバランスよく挟まれていてとても美味しかった。
ツララはこの寒空の下よく冷えたパフェを口に運び、時折冷たさに眉を寄せながら「美味しい!」と
頬を赤らめている。
「ああ、美味しかった!」
ツララは満足そうに空になったパフェの器に凝ったデザインのスプーンを放り込む。
デイヴもサンドイッチをしっかりと食べ尽くし指先に付いたソースを舐め取っているところだ。
「ほれ、そろそろ目的地だぞ」
「うーん。街のイルミネーションがキレイねえ」
空を滑るソリから見下ろす街はクリスマスイルミネーションや
家々の生活灯で陳腐な表現だがまるで宝石箱のようであった。
人々はそれぞれ聖夜を満喫しており見習いサンタが高い空の上で見ているなどと思いもしないだろう。
「じゃあプレゼントね」
「おう!」
ツララとデイヴの二人は顔を見合わせ冷気によって赤く染まった頬でニカリと笑いあった。
何かが詰まった大きな白い袋をツララが荷台から引きずるように
ソリの速度と高度を調整するデイヴのもとへ運ぶ。
「いっせーの、で開くわよ」
「よし。いくぞ」
「いっせーの」
「せ!」
二人で声を合わせ袋の口を開く。
白い袋の中身はからっぽだった。
口が開けられる直前まで不思議な弾力を持っていたその袋の中身がからっぽなんていうのはおかしな話だ。
空気かガスか何かが詰まっていたのか。まさか。サンタが配るプレゼントにそんなことはない。
よく見れば走るソリがきらきらとした尾を引いているのがわかる。
尾は光の粒となり街の人々、家々へと降りかかる。
地上では空中で霧散した光の粒に気付くことはできないだろう。これこそがサンタのプレゼントだった。
ツララやデイヴもこの光の粒のはっきりとした正体は知らない。
幸せのタネ、幸運、心に作用するなにか、きっとそういったものなのだろうと思っている。
これは貧しい者が苦しまないために、しかし富める者が多くを持ちすぎない程度に
人々に平等にあたえられるのだ。
中身を上空から町全体に光を振りまくようにソリを走らせる。
そうして中身を全て出し切った袋をひらひらとさせながら
ツララはこれ以上ない程の笑顔で思いを込めて叫ぶように言う。
「メリー・クリスマス!!」





「今年の仕事も終わったなあ」
「そうね。あとは大掃除ね」
「めんどくせえ」
「そう言わないの」
帰路につくソリはしゃんしゃんという鈴の音を寂しげに鳴らしながら森の上を行く。
ソリは森の奥にある保管場所へと返すのだ。
デイヴの横に腰掛けたツララは懐からそっと小さな小包を出すと押し付けるようにデイヴの膝の上に置く。
「なんだよ、コレ」
「…クリスマスプレゼント」
「サンタが特別に誰かからクリスマスプレゼントを貰うのも、渡すのも禁止だ」
「別に違反じゃないわ。私は、サンタじゃなくて私としてデイヴにプレゼントをあげるんだもの」
「…」
「…」
「……ありがとう、な」
「え、へへ。別に大したものじゃないわよ。本当に」
寒さとはまた別の理由で頬を染め俯きながら小声でごにょごにょと言うツララに
デイヴもまた少し頬を染めてそっとラッピングされた箱を差し出した。
「やる」
「サンタがプレゼントあげたり貰ったりするのは」
ツララの発言をデイヴが遮る。
「俺が個人的にお前にやるだけだ」
「……えへへへ。ふふ、う、嬉しい」
「気持ち悪い笑い方すんな」
「だって、すごく嬉しくって。それにデイヴだってにやにやしてるじゃない」
指摘されたとおり、緩む頬を制御できないデイヴは不器用な表情でふいとツララから顔を逸らした。
しばらくの間、ソリの上では小さい笑い声だけが響くだけだった。





メリクリ!
ツララからのプレゼントはシルバーアクセサリ。デイヴからのプレゼントはうさおくんマグカップ。
ちゃんとアップできて良かった…!
2008 12 25