ある日の快晴
世は戦国乱世であった。
戦国乱世であったが平和だった。
否、実際のところ平和ではないのだが奥州のとある一角だけが平和だった。
伊達政宗と真田幸村は派手ではないが上品に刈られた庭を眺めながら団子を挟んでぼんやりと並んでいた。
縁側に腰掛け会話もせず、互いに視線を合わせることすらない。
たまに茶を啜る音と遠くで鳥の鳴く声、風の音がする程度の心地よい沈黙だった。
実は二人が眺める庭の木の一本に真田の優秀な忍が欠伸を噛み殺しながら潜んでいたり
僅かに開いた部屋の襖の隙間から片倉小十郎がドス…じゃなかった、愛刀に手をかけ睨みつけていたりするのだがそんな些細なことを気にする二人ではない。
皿に山盛りに盛られていた団子は今や最後の一本となっている。その最後の一本に二人が同時に手を出した。
手と手がそっと触れ合い、一瞬の間の後に今まで合わされなかった二人の視線がようやく合わされた。
手を触れ合わせたまま、暫くの間どちらも動くことができないようであった。
猿飛は漸く二人に進展があるのかという期待に今まで眠たげだった頭を覚醒させる。と同時に襖の間に見える血走った目で今にも刀抜かんとする片倉をどうやって止めようかと瞬時に考えた。
が、しかし。
「Hey!真田、てめえいくつ団子食ったら気が済むつもりだ?この上まだ食うってのかい?」
ぎろり。
「なんと。奥州の独眼龍殿は随分と心の狭い御人でござるな。甘味は好かぬと仰りながら客の団子を取ろうとするとは」
じろり。
先刻の背景に点描がみえるような雰囲気は一体なんだったのか。お互いの手は触れ合ったままではあるが、空気は一触即発のピリピリとしたものへと変貌を遂げていた。
背景はいつの間にかベタフラッシュになってしまっている。ついでに屏風画のような獅子と龍が対峙している。
「Shut up!モノには限度ってモンがあるんだぜ?テメェこの皿の団子の半分以上、いや八割を食ってんじゃねぇか」
「某、団子は大好物でござる。いくらでも食える所存。だいたい政宗殿は最初に数本を食べて後満腹だと仰ったで御座ろう」
「あぁ?そりゃあ何処かの誰かさんと違って童みてぇに甘いモンばっかり食えねぇからな。だが、Last oneは別だ。なんでも最後の一つが美味いんだよ」
「それこそ童の申すことと同じで御座ろう!最後の一つであろうと団子は団子。美味いことに変わりはありませぬ」
触れ合っていたはずの手は、今やギリギリと力強く握り合っているという状態である。このままではどちらかの手の骨が粉砕されかねない。
今まで様子を窺っていた猿飛と片倉も止めに入ろうかと考え始めていた。
その時だった。
「ほう、そんなにこの団子は美味ぇか」
「大変美味しゅう御座います。某行きつけの茶屋でもこれまでのものはありませぬ」
「Ha、当然だろ。なんたってこの団子はこの俺が作った団子なんだからな!」
「なんと!?政宗殿が!」
「ああ。手前ぇがウチに来ると聞いて昨日の晩から準備して作ってやったんだよ」
「政宗殿は料理がお上手だとは聞いておりましたが、団子まで作られるとは!他にも甘味などは作られるので御座るか!?」
「当然だろ。俺は独眼龍政宗だぜ。伴天連の菓子だって作れるぜ」
「伴天連の菓子!?それは一体どんのようなもので御座るか」
「そうだな、例えば…」
得意気に帰国の菓子を語る伊達政宗。
身を乗り出してその話に聞き入り大袈裟な相槌を打つ真田幸村。
木の上で溜め息を吐きながら苦笑いする猿飛佐助。
襖の向こうで手拭いを噛みながら鬼の形相で真田を睨み付ける片倉小十郎。
そして皿の上には残される一本の団子。
世は戦国乱世であった。しかし、ここだけはいやに平和だった。
書いてみると幸村の口調って難しい。
政宗様はどこまでピクシーミサみたいにしていいのか悩む。
2008 11 16