昔語り
あぁ、名前ですか?
名はイッケイ。みやこひとつで一京ってもんです。え?出身?そんなん何処だっていいじゃないですか。
はぁ、聞きたいと、物好きなお人ですねぇ。あ、もしかして私に気があるとか?
イタイ、イタイ!何も殴るこたぁ無いじゃないですか。
ま、何処とは申しませんが、内地ですね。まぁご想像にお任せします。
今は体一つ、琵琶一つで流れている身、故郷なんか忘れちまいましたよ。
そうですね、生家は貧しい家でしてね、ほとんど逃げるように家オン出てきたんですよ。
あ、信じてませんね。ホントですって。あぁコレですか?持ち逃げ?違いますよ。まぁ、似たようなもんかもしれませんが…
へ?聞きたい?琵琶ならさっき散々弾いたじゃないですか。あ、そうでなく。この古臭い琵琶を私が
持ってる経緯ですか?
うぅん、あんまり乗り気がしませんねぇ。
何です、その目は。…違いますって。盗んだわけじゃないですよ。
……えぇぇと、その、ぁあ、確かに正式に、胸張って私のモノと言えるわけではないんですが…
あぁ、と、そう、拾った…と言いますか、その…あの、この話はまた今度にしません?
ああああああ!すいません!!それだけは、勘弁を!私、他に行くトコないんですよ!お願いします!
ね?そんな殺生な!それに一度は泊めてくださるっておっしゃったじゃあないですか。
男に二言はないんで、…あ、いや、これは言葉のアヤと申しますか
決して貴女が男勝りだとか女らしくないとかそういった意味じゃあ…
はい、お話し致します。そりゃあもう、どんなことでも、包み隠さず、ピンからキリまで。
あぁ、・・・痛いと思ったら、やっぱり口ン中切れてらぁ・・・あ、いえ、なんでもござぁせん。
あ、頭にコブまで・・・いえいえ。
私の家が貧しいって話はしましたよね?
まぁ、貧しいっつたって毎日ボロを着て、その日の食いもんにも困ってたって程じゃあなないんですが、中流以下ではありましたね。
私は私でいつかこんな家出てってやろうと思ってましてね。
ま、そうは言っても先立つものも、きっかけも無かったわけですが。
それでですね、ウチの近所に寺があったんですよ。
名前はなんつったかは忘れちまいましたがでかい
寺でしてね、その寺からたまーに聞こえてくるんですよ。琵琶を弾く音が。
なんでも随分古い琵琶らしくてね、そうやってたまに弾いてやんないと化けてでるとか、祟るとかいわれてまして。
私は信じちゃいませんでしたけどね。
でも、ものの良し悪しなんかわかりゃしない私でしたがその琵琶の音に魅せられちまいましてね。
寺の周りをうろちょろしては琵琶の音色に聞き入ってたんですよ。
門前の小僧習わぬなんとやら、とかいいますけど、私ゃ経は読みませんでしたが
琵琶の音だけは自分でいうのも何ですが誰より覚えたもんですよ。
で、ですね私は日に日に魅せられていったんですが、なにぶんそれは寺のもんですし
私はその琵琶以外の琵琶には興味が湧かなかったんですよ。なんでですかねぇ。
そんなある日、その寺が火事になったんですよ。
放火?さあ?その辺のことはわかりませんね。
あ、言っときますけど私じゃないですよ。いくらなんでも、寺に火ィ放つほど罰当たりじゃあありませんから。
真っ赤に燃えるそこを見て思ったわけですよ。あの琵琶は大丈夫だろうか、ってね。
どうも寺の坊主さん方も、取るもの取らずに逃げてきたって感じでね
楽器のことなんか気にしちゃいられなかったと見えたんですよ。
もうお分かりになったかもしれませんが、私、取りに行ったんですよ。その琵琶を。
自分でも、何やってんのかわかりませんでしたね。なんにも考えずに、あ、違いますね。
その琵琶のことだけを考えて火の中につっこんでったんですよ。ばかですよねぇ。
不思議なことにね、がむしゃらに進んでいたはずなのに、ちゃんと見つけたんですよ。
古いものらしいし、燃えちまうのが嫌で呼んだのかもしれませんね、私を。
それで、自分は半分くらい焦げちまいながらも琵琶だけは死守したってわけですよ。
いやぁ火事場の馬鹿力ってやつですかねぇ。ま、おかげで体半分火傷でいまは頭も丸めちまいましたけどね。
ああ、そうですよ。別に坊さんの真似事してるって訳じゃなく、そんときの火傷のせいで頭を丸めざるをえなかったといいますか。
ま、別に後悔なんかしちゃいませんし、別段不便もありませんしね。
あ、ただ、冬場はちぃとばかし寒ぅござんすけどね。
お寺のほうでは多分、この琵琶は燃えたってことになってるんじゃないですか。
確認したわけじゃありませんのでわかりませんが。
えぇ、そのまま琵琶もって家出ちゃったんですよ。
……火事場泥棒?……いや、それは、あー…
まあ、今日の話はここまでということで!ね!夜更かしはいけませんよ!
寝る前にもう一曲ですか?いいですよ。
………んー…あれ?ちょっとまって下さいね。
…おかしいなぁ。琵琶のご機嫌がよくないみたいなんですよ。
さっき貴方が「古臭い」なんておっしゃったからかもしれませんよ。
あれ、言ったのは私でしたっけ?
すみませんが、今日のところは勘弁してもらえますか。また明日にでもお聞かせしますんで。
はい、ありがとうございます。
では、また明日。チヨコさん。
客間に敷かれた布団の上に正座しながら、イッケイは先ほどまで抱えていた琵琶に向かって頭を下げていた。
土下座である。
障子の向こう側からこちらを照らす月明かりを逆光にした琵琶は不思議な威厳を持っている。
「古臭いだなんて本心で思ってたわけじゃあないんですよ。ほら、その場のノリといいますか。
あんまり本気にしんないでいただきたいなーなんて…」
しどろもどろに言葉を並べるイッケイに対して琵琶は無言であった。
「本っ当にすみませんでした!師匠、もう機嫌直してくださいよ」
なさけなく涙声を出すイッケイの姿に、誰かが溜め息を吐き出したような、そんな些細な空気の変化がおこる。
恐る恐る顔を上げたイッケイの目の前には普通使われているものよりもかなり大きな
それこそ己の顔より二回り以上大きなバチが今まさに己の顔面に近付き、叩きつけられるという瞬間がスローモーションで見えた。
翌朝イッケイは、昨夜の就寝後の大きな音と顔の赤らみの理由をチヨコに言及されるのだが
そこは得意の口先三寸、そして今朝には機嫌を直してくれた琵琶の音を披露することで誤魔化すのだった。
イッケイの喋り方とかおもしろいほど適当です。
ノリで読んで頂ければ幸い
2008 12 12