なんだかなぁ、と腰掛けるのにちょうどいい石の上に座ったフロスは思った。
すぐそこの地面には何やら見慣れぬ紋章と、その中央にちょこんと配置された人の頭よりも一回りほど
大きなカボチャがひとつ。
カボチャの中身はくりぬかれており、目と鼻と口を書き込まれている。
書き込まれた真っ黒な目が、なにかおどろおどろしい感情をもって自分に語りかけているような気がして
フロスはカボチャからふいと目を逸らした。
「そろそろ始めようかと思いますよ、フローレイド大佐」
紋章を書き、カボチャを用意し、フロスを立会人に選んだキラストルが無感動に言う。
「この海面干渉学の研究書の記述によれば、『水面の向こう側』では、ある決まった日にくりぬいたカボチャを使い偉大なる先人の霊を呼び出したそうですよ」
キラストル曰く、あちら側ではこのくりぬいたカボチャに霊を閉じ込め、カボチャという体を与え使役するそうだ。
上手く使えば菓子を集めてきたり、偉人の誕生日の前夜に主の望むものをもたらしたり、聖人の命日に恋人たちを祝福したりといろいろなことに使えるとのことだがフロスは半信半疑だ。
「その、私は海面干渉学には詳しくないが、そちらの学問はまだこういった実践的なことには早いのじゃあないのか?」
「確かにそうですね。しかし、未知の知識と力は人の心を魅了するものなのですよ。なに、あなたはただ立ち会って下さればいいのですよ。なにも危ないことをさせるつもりはありませんから」
そう言って、少しばかり細められる目に少なからずの悪意を感じてしまう。キラストルが何のために自分を立会人に選んだのかわからない。嫌がらせかなにかだろうか?しかしフロスには心当たりはない。
…まぁもしかしたら、あの風の騎士と知り合いであり、信奉者であるというだけで気に入られていないという可能性も否定できない。
「だいたいその研究書に書いてあることが全て正しいとは限らないだろう。なにせ異世界のことなのだから」
「そんなこと実際にやってみればわかることですよ。何も起こらなければ起こらないで、この研究書がただの紙屑だという証明になりますよ」
作り物めいた美しい笑みと声で酷いことを言う。なるはどこれが世に言う悪魔というものか、とフロスは納得する。その悪魔に連れられ、夜更けに屋外で異世界の魔道の実験に付き合わされる自分も大概だとは思うが。
「あちら側はあまり呪詛エネルギーを利用しない世界と聞いていたが、こういったこともするのだな」
「逆にいえば、こういった術を行うために莫大な呪詛を使うため普段から呪詛を節約しているのかもしれませんね」
「それは君の意見かい」
「えぇ、僕の個人的な見解です。ただ、僕はそうじゃないと思いますがね」
「……本当に」
「はい?」
「本当に、君はこの術の効果を確かめたいと思っているのか。私には君がこれが茶番のように思えるのだが」
「おもしろいことを言いますね。仮にこれが茶番だとして、なぜわざわざ僕があなたを茶番に付き合わせる必要があるのですか。あなたは、僕があなたを特別に思うところがある、とお思いですか」
「それは…」
確かに考えて見ればキラストルがわざわざフロスを茶番に付き合わせる必要は(嫌がらせ以外では)ないだろうとフロスは思う。
会話はそれっきり、途絶えてしまった。お互いに見つめあうだけの、なんとも気まずい空気があたりに漂う。
細められたキラストルの濁った瞳からフロスは目を逸らす。視界の隅に映ったカボチャの黒い目がニヤニヤと笑っているように見えたのは、きっとフロスの気のせいだろう。
なんか微妙。キラフロにはラブとコミカルが足りない。 2007 10 31