「ハッピーハロウィン、先輩!」
竹田啓司は驚いた。宮下藤藤花がアポなしで自宅にやって来たことにも驚いたが、それよりも彼の思考を
一瞬停止させたのは、彼女の格好だ。
黒いマントに銀河鉄道999のメーテルが被っているような帽子、黒いルージュはないものの、まるで黒い筒が地面から生えているようなその姿は啓司の知る「あいつ」そのものだった。
「…先輩?もしかして、迷惑でした?」
何の反応もしない啓司に藤花は尋ねる。不安そう揺れる声と瞳は確かに藤花のものだ。
そう、自分の目の前にいるのは藤花だ。啓司は自分に言い聞かせる。
あの黒マントがもう自分の前に現れることはない。そう思うたびに胸の中をチリチリと苛むものがあったが
啓司は気がつかないことにしている。怖いからだ。
「いや、迷惑とかじゃなくてびっくりしただけだって。どうしたんだ、その格好」
「へへ、すごいでしょ。これブギー…って先輩にはヒミツー」
「なんだよ、それ」
不満そうに聞こえるように言ってはみるが啓司は知っている。名前も、どんな噂話しかも、その正体も。
「女の子だけの伝説なの。だから先輩には教えられませーん。ね、ね、それよりお邪魔していいですか。今日忙しかったりします?」
「ああ、大丈夫だ。上がっていいぞ」
「やったぁ!」
本当はあんまり大丈夫じゃあない。が、わざわざこんな演出をしてまで尋ねて来てくれた恋人を追い返すことは啓司にはできなかった。
「ちょっと待ってろ、今お茶用意するから」
がちゃがちゃと台所で動く啓司に背に藤花が声をかける。
「先輩先輩、今日はハロウィンなんですよ。お菓子くれなきゃイタズラしちゃうんですから」
「ハイハイ。その辺の菓子つまんでてくれ」
「えー、ハロウィンですよーもっと可愛い感じのないんですか」
まったく、と苦笑しつつも啓司は戸棚の中からチョコレートの菓子を出す。なんだかんだ言っても恋人には甘いのだ。
そういえば夏に買っはいいが食べずにいたアイスがあったような気がする。……まだ食べられるかはわからないが。
冷蔵庫に手をかけた時だった。
「君は宮下藤花には菓子をあげる訳だが、僕にはなにかあるのかい?…無いのだったら、イタズラとやらをしてやってもいいのかな」
いきなり背後から声がした。
右の耳に息を吹きかけるように言われ、啓司の肌がぞわりとする。
忘れるはずのない声。藤花と同じはずなのに彼女より低いその声の主を確認しようと啓司が振り向くと、そこにはマント着たままの藤花がいた。
「宮下、お前」
「どうしたんですか、いきなり振り向いたりして」
「…いや、ちょっと驚いて」
藤花は啓司の真後ろにはいなかった。啓司の用意したお茶と菓子の乗った盆を持ち、これ持ってきますね、などと言いながら答えを聞かずに行ってしまう。
「……」
釈然としないものを感じながら、啓司は自分の右耳に触れた。
そこは少しだけ熱を持っていた。
「今のが、イタズラだったのか…?」
呟くと同時に啓司は噴き出した。なかなか可愛いところもあるじゃあないか。
リビングでは藤花が早く早くと手招きしている。
「ああ、今いくよ」
啓司は笑顔で藤花のもとへと向かう。
竹田君ってどんな暮らししてんだろ? 2007 10 31