DEUILできるまで物語


吸血鬼は夢を見ていた。古ぼけたステンドグラスの中を右に左に泳ぎ回る熱帯魚…ではない。
じっと見つめていると、それは小さなドラゴンの形をしていて…と見る間にステンドグラスの水は
グルグルと渦を巻き始め、そのなかから一匹の大きなドラゴンが出てきたかと思うと、周りにいた人々を皆呑みこんで
一瞬の後に天に昇っていく。後には無限の暗がり。
永遠に抜け出せないかと思われたその闇の奥から、これまで聞いたことのない、怪しい、そして懐かしい歌が…。
吸血鬼はそれまで持っていたワイングラスをマイクスタンドに持ち替え、姿勢を正した。
不思議な夢に誘われて、呪文のように歌を歌った。
吸血鬼の名をユーリという。

アッシュは料理が得意だった。
しかし、彼の腕はリズムを打つことに長けていた。システムキッチンを練習台にして、これまで十数台もペシャンコにしていた。
その日も光るオタマをスティック代わりにいざ練習に励まんと腕を振り上げた。
そのとき彼はオタマがキラリと光ったのに気がついた。
見ると、オタマに映し出されたのは、あるバンドでドラマーを務める自分が三つの課題に取り組む姿だった。
その三つとは
一、ドラムを叩かずに音を出すこと
二、スティックの代わりにおしぼりを使うこと
三、人生について考えながら打つこと
「なんか、おもしろそっスね」
そう言ってアッシュが己の内にある小さな炎に気付いたその瞬間
彼のオタマが燃え上がり炎の中にアッシュの姿も消えていた。
天狗にさらわれたか、神隠しにあったのか。人の前に再び現れたアッシュの手には、オタマでなくスティックが握られていた。

メルヘン王国の鬱蒼とした森の中に流れ星が落ちた。
星に乗ってやって来たはずのE・Tは誰にも見つからないまま姿を消した。
スマイルは不思議な二面性を持ち、しばしば周囲の人間を面食らわせていた。
公園で子どもたち相手にアニメソングの弾き語りをしていた。そのくせニューウェイブが好きだった。
変態が好きだけど、意外と真面目。
いいメロディを出すけれど、定石どおりやるのが大嫌い。
彼の音は星と交信する。
そんなスマイルが流れ星の落下地点で光る何かを見つけた。
それは宇宙からの贈り物、ではなくドラゴンの鱗の一片だった。
と、みるみる鱗から水が噴き出し、彼を波の上へ乗せてどこかへ運んで行こうとした。
うわあと叫びながら、彼は自分がスマイルという透明人間であることを実感していた。

「私の声は風にのり、鳥のように空を舞う」
波に向かってユーリは唄っていた。潮はうねり、ユーリの血もうねる。
「いや、ちがう。私の唄にうねりはいらないな」
ユーリは唄う。潮はうねり、彼の血もうねる。
潮のうねりは海を渡ってどこかの島の浜を洗うのだろうか。返す波は何を連れてきてくれるのだろうか。
大陸から、半島から、それ以外のどこかから、海を渡ってくるものは……。

波に浮かんだスマイルは前方に何かを見つけた。
壜だ。それも、かなり大きい。
壜の中ではユーリとアッシュがお互いに何かを演奏しているようだった。
「僕、ロックが好きなんだ」
とスマイルは言った。ユーリにはそれが『フーン、キミタチイイオトダスネ。ボクスキダナ』と聞こえた。
「種族?…透明人間だけど。なんか関係あるの」
とスマイルは言った。アッシュにはそれが『ドウゾクガメッタニイナイッテ、サビシイヨ』と聞こえた。
「僕は君達と仲良しバンドするつもりはないから。もう行くね」
とスマイルが言った。二人にはそれが『ネェネェ、ボクモナカマニイレテヨ!』と聞こえた。
アッシュの腕がさしだされ、スマイルも壜中のひととなった。
かくして、DEUILはここに結成された。




「と、いうのを今度のアルバムのブックレットに付けようと思うのだが。どうだ?」
「………………おしぼりは……無理ッス」
「いーんじゃないの?でも、うっかり信じちゃいそうなウソはあんまりよくないと思うよ。ウソは。ヒヒヒ」












上々颱風が大好きだ。
2007.12.7